
私はずっと、自分のことを人間関係を維持するのが苦手な人間だと思ってきた。
もしこれまでの人生で知り合った人を数え上げるなら、その数自体は決して少なくない。しかし、十数年来ずっと付き合いが続いている友人となると、ほとんどいないことに気づく。
以前はこのことを、それほど気にしていなかった。
小さい頃からずっとそうだったからだ。
だが、何度も引っ越しをし、街を変え、仕事を変え、そして日本に来てから、私はようやくゆっくりと気づき始めた。
私の友人関係には、ずっと「地理的な有効範囲」があったのだ、と。
同じ場所で暮らしている限り、関係はごく自然に続く。
しかし、どちらかがその生活圏から離れた瞬間、関係は距離とともにゆっくりと消えていく。
時々、こう考えることがある。
私は友人を作るのが下手なのだろうか。それとも、関係を「維持する」方法をそもそも学んでこなかっただけなのだろうか。
私の友人には、いつも「有効期限」があった
子どもの頃、通っていた学校では毎年クラス替えがあった。
つまり、今年隣に座っていた人が、来年にはすっかり入れ替わっているということだ。
だから私は毎年新しいクラスメイトと出会い、新しい友人を作った。
そして前の年の友人は、そのまま自然に生活からフェードアウトしていった。
当時はそれを問題だとは全く思わなかった。
なぜなら、いつも新しいクラスメイトがそばにいたから。
今年はAと遊ぶ。
来年はBと遊ぶ。
再来年にはCと知り合う。
友人とはもともと入れ替わっていくものだと思っていた。
その後高校を卒業し、北京へ行った。
また全く新しい環境に入った。
新しい学校、新しい街、新しいクラスメイト、新しい友人。
その後就職し、また新しい同僚と知り合った。
青島に行き、また新しい人たちと出会った。
そして威海に戻った。
去年、日本へ来た。
振り返ってみると、私の人生はずっと地図を切り替え続けてきたようなものだ。
そして私の友人関係も、その地図とともに切り替わってきた。
だからこそ、私は多くの人と知り合ってきたにもかかわらず、私の人生をずっと貫いてくれる人はほとんどいない。
私の友人関係には、まるで「エリア制限」があるようだった
その後、私は自分と大半の友人との関係に、非常にはっきりした特徴があることに気づいた。
同じ物理的な空間で暮らしている限り、関係はとても維持しやすい。
一緒にご飯を食べられる。
一緒に出かけられる。
仕事帰りに急に呼び出せる。
一緒に座っておしゃべりできる。
たとえ何もしなくても、ただ一緒にいるだけで、関係は自然に続いていく。
しかし、どちらかがその生活圏を離れると、状況は変わり始める。
最初のうちは連絡を取り合う。
たまにメッセージを送る。
たまに近況を尋ねる。
しかし時間が経つにつれ、連絡は次第に少なくなっていく。
数ヶ月話さない。
一年会わない。
そのうち、相手が最近何をしているのかさえ分からなくなる。
最後に残るのは、こんな一言だけだ。
「そういえば、彼は今どこかの街にいるらしい。」
関係はこうして、ゆっくりと薄れていく。
喧嘩をしたわけでもない。
決別したわけでもない。
誰かが誰かを傷つけたわけでもない。
ただ同じ空間で暮らさなくなったというだけで、二人はお互いの生活から少しずつ消えていく。
今振り返ると、過去の友情の多くは、本当に深いつながりの上に築かれていたのではなく、もっと単純なものの上に成り立っていたのかもしれない。
「たまたま毎日顔を合わせていた」というだけのことに。
私は「用もないのに連絡する」のが苦手だ
なぜ友人が生活圏を離れると、関係がすぐに薄れてしまうのか。
とても大きな理由の一つは、これだと思う。
私は自分から人に連絡するのが苦手なのだ。
特に、明確な目的のない連絡が。
例えば、
「最近どう?」
「最近忙しい?」
「ご飯食べた?」
「最近元気にしてる?」
こういう会話は、私にとっては実はちょっと難しい。
相手を気にかけていないからではない。
私の思考の癖が、こう考えさせてしまうからだ。
「特に用事がないのに、わざわざ連絡する意味があるのか?」
もし手伝ってほしいことがあれば、もちろん連絡する。
もし相談したいことがあれば、それも連絡する。
しかし、ただ関係を維持するためだけに、特に内容のない言葉を交わすことに、以前の私はあまり意味を感じられなかった。
だから普段は、
相手が連絡してくれれば、きちんと返信する。
でも自分から相手に連絡しようとすると、何を話せばいいのか分からなくなる。
これが、奇妙な循環を生み出す。
私は自分から連絡しない。
相手も連絡してこないかもしれない。
お互いに「相手はきっと忙しいだろう」と思っている。
そうして一週間が過ぎる。
一ヶ月が過ぎる。
半年が過ぎる。
そしてある日突然気づく。
もうずいぶん長い間、連絡を取っていない、と。
さらに矛盾しているのは:用事があって連絡が来ると、逆に居心地が悪くなること
この話には、もう一つ面白い矛盾がある。
もし普段全く連絡を取っていないのに、ある日突然、相手が何か用事があって私に連絡してきたら、私は時々かえって、ちょっと居心地の悪さを感じてしまう。
「普段は連絡もないのに、用事がある時だけ思い出すのか。」
でもよく考えてみると、これはとても不公平な話だ。
なぜなら、自分自身も普段から相手に連絡していないのだから。
相手の生活を気にかけようとしなかった。
近況を尋ねようとしなかった。
「最近どう?」の一言すら、ほとんど送っていない。
それなのに、なぜ相手には普段から自分を気にかけていてほしいと求めるのか。
ここまで考えて、ようやく気づいた。
関係というのは、双方向のものなのだ。
自分は何も投じないでいながら、相手にはずっと自分を心に留めておいてほしいと期待することはできない。
私はまるで一台の路線バスのようだ
自分の人生を何かに例えるなら、私は一台の路線バスのようだと思う。
停留所に着くたびに、誰かが乗ってくる。
次の停留所では、誰かが降りていく。
小学校の頃には、ある一群の乗客がいた。
中学校では、また別の一群に入れ替わった。
高校でも、また入れ替わった。
北京に行けば、また入れ替わった。
青島に行けば、また入れ替わった。
日本に来てからも、また新しい人たちと知り合った。
十の停留所を一緒に乗ってくれた人もいる。
百の停留所を一緒に乗ってくれた人もいる。
ほんの短い区間だけ、一緒に乗ってくれた人もいる。
以前はそれが人生というものだと思っていた。
人の出入りは、当たり前のことなのだ、と。
しかし今は、こう思うようになった。
もし一台のバスが、いつも人が乗り降りするだけで、誰もずっと乗り続けようとしないなら、そのバスは毎日賑やかに見えても、実は最後まで本当の同行者を持てないままなのかもしれない。
高校の頃から気づき始めたこと:「自分がどこに立っているか」はとても重要だ
もう一つ、高校の頃から気づき始めたことがある。
人がどこに身を置くかは、非常に重要だ。
ここでいう「場所」とは、単なる地理的な場所だけではない。
自分が所属する学校、業界、会社、街、そして日々関わる人々のことも含まれる。
なぜ高校以降、特にこれを強く感じるようになったのか。
それは、高校そのものが一種の「選別」を経ているからだ。
小学校や中学校は義務教育だから、みんな基本的に同じ教育システムの中にいる。
しかし高校に入ると、学力、家庭環境、興味関心、将来への考え方に、はっきりとした違いが表れ始める。
だから高校に入ってから、私ははっきりと感じた。
高校の同級生は、小学校や中学校の同級生とは、すでに全く違う人たちなのだ、と。
高校卒業後、私は北京へ行った。
そこで新しい友人たちと知り合った。
彼らは私に初めて、大都市の人々が思考のあり方、職業選択、人生の目標といった面で、これまで知っていた人たちとどれほど違うのかを、はっきりと教えてくれた。
その後、青島に行った。
そして今、日本にいる。
環境を変えるたびに、私が出会う人たちも、また変わっていったように思う。
だから私は次第に、こう信じるようになった。
どんな人と出会えるかは、多くの場合、自分自身が何者であるか、そして自分をどこに置いているかによって決まる。
これは、ある街の人が別の街の人より優れているという話ではない。
環境が、自分の「交友範囲」を決めるということだ。
毎日どこで生活しているかによって、そこにいる人と出会いやすくなる。
毎日どこで働いているかによって、その業界の人と知り合いやすくなる。
毎日何を話題にしているかによって、似たような話題に触れやすくなる。
周りの人が何を話しているかも、自分の視野に少しずつ影響していく。
だから、時々こう思うことがあるかもしれない。
「なぜ自分の周りには、優れた人がいないんだろう?」
でも本当に問うべきなのは、こちらかもしれない。
「今自分がいる環境は、本当に出会いたい人に出会わせてくれる場所なのか?」
私は人に迷惑をかけるのが嫌いだ
もう一つ、とても重要な理由がある。
私は人に迷惑をかけるのが嫌いなのだ。
自分でできることは、自分でやる。
自分で解決できる問題は、自分で解決する。
自分で調べられる情報は、自分で調べる。
よほどのことがない限り、人に頼み事をしたくない。
なぜなら、人に借りを作りたくないからだ。
以前の私の中では、こういう考え方だった。
人に迷惑をかける=人に借りを作ること。
そして私は借りを作るのが嫌いだった。
だからずっと、自分の力で問題を解決できることは、一種の美点だと思っていた。
今も、自立していることは大切だと思っている。
しかし後になって、少しずつ気づいたことがある。
人と人との関係というのは、実は少しの「迷惑」を必要としているのかもしれない、と。
あなたが私を一度助けてくれる。
私があなたを一度助ける。
あなたが必要な時に、私が現れる。
私が必要な時に、あなたも助けてくれる。
その繰り返しの中で、関係は少しずつ深まっていく。
以前の私は、ずっとこう思っていた。
「私はあなたを必要としない、あなたも私を必要としない、それでいいじゃないか。」
しかし今は、むしろ逆なのかもしれないと思う。
「あなたが必要な時、私は喜んで助ける。私が必要な時、あなたも喜んで助けてくれる。」
この「互いに必要とし合い、助け合う」プロセスこそが、本当の絆が育つ場所なのかもしれない。
私は一人でいるのが好きだ
もちろん、もう一つとても現実的な理由がある。
私は本当に、一人で過ごすのが好きなのだ。
以前、友人にこう言われたことがある。
「暇な時にずっと家に引きこもってないで、もっと友達と出かけなよ。」
でも私にとって、一人でいることはそれほど辛くない。
一人で本を読む。
一人で散歩する。
一人で図書館に行く。
一人で勉強する。
一人で知らない場所に行く。
一人で公園に座ってぼんやりする。
こういうことを、私は十分楽しくできる。
だから、社交をとても必要とする人たちに比べると、私は友人に対する欲求がそれほど強くないのかもしれない。
一人でご飯を食べても、寂しいとは思わない。
週末に誰からも誘われなくても、退屈だとは思わない。
これも、私がずっと人間関係の維持に力を入れてこなかった理由の一つかもしれない。
なぜなら私にとって、
一人でも十分にうまくやっていけるからだ。
しかし後になって、本当に質の高い友人たちと出会ってから、少しずつ気づき始めた。
一人で生きることは、確かにうまくいく。
しかしそれは、友人が重要ではないという意味ではない。
「一人なら速く進めるが、仲間がいてこそ遠くまで行ける」
だいたい二年前、私はこんな言葉を耳にした。
「一人なら速く進めるが、仲間がいてこそ遠くまで行ける。」
当時は、なるほど一理あるなと思っただけだった。
しかしその時は、本当の意味では理解していなかった。
その後、本当に尊敬し、大切に思える友人たちと出会ってから、この言葉の重みを少しずつ理解し始めた。
一人でいる時は、確かに自由だ。
誰かを待つ必要がない。
誰かに合わせる必要がない。
誰かの都合を考える必要がない。
行きたい所に、いつでも行ける。
出発したい時に、いつでも出発できる。
多くのことは、一人でやったほうが効率が良いことすらある。
しかし、一人の力には、結局限界がある。
すべてができるわけではない。
すべての分野で経験を積めるわけでもない。
人生のあらゆる段階で、常に強くいられるわけでもない。
時には、こう言ってくれる友人が必要になる。
「別の可能性を考えたことある?」
時には、その分野に自分よりも詳しい人が必要になる。
時には、迷っている時に話を聞いてくれる人が必要になる。
時には、相手に問題を解決してもらう必要すらなく、
ただ誰かが一緒に歩いてくれるだけで、十分なこともある。
その時になって初めて、こう気づく。
友人の本当の価値は、時間を一緒に潰すことではない。
自分一人ではなかなか辿り着けない場所へ、連れて行ってくれることなのだ。
私は「友人の作り方」を、もう一度学び直す必要があるのかもしれない
だから今振り返ってみると、自分の問題は「友人を作るのが下手」なのではなかったのかもしれない。
むしろ、こういうことだったのだと思う。
私は「友人」というものを、「自分と一緒に生活している人」だと捉えすぎていた。
毎日顔を合わせていれば、自然に友人になる。
一緒に働いていれば、自然に親しくなる。
同じ街で暮らしていれば、自然に連絡が続く。
しかし、いったん距離が生まれると、どうすればいいのか分からなくなってしまう。
しかし本当の友人関係には、別の能力が必要なのかもしれない。
たとえ同じ場所にいなくても、お互いの生活の中に、それでも現れ続けようとする意志。
毎日連絡する必要はない。
毎日挨拶する必要もない。
でも、ふと何かを見た時に相手のことを思い出したら、それを送ってみる。
ふと友人のことを思い出したら、こう聞いてみる。
「最近どう?」
相手が困っているのを見かけたら、たとえ直接そばに行けなくても、こう言うことはできる。
「もし手伝えることがあれば、言ってね。」
こういうことは、どれも些細なことに見える。
実際的な意味は何もないようにも見える。
でも今は、こう思うようになった。
関係というのは、こうした一見無意味に見える些細な積み重ねによって、少しずつ維持されていくものなのかもしれない、と。
すべての人が最後まで一緒に歩いてくれるわけではない
もちろん今は、もう一つのことも受け入れられるようになった。
これまで知り合ったすべての人と、ずっと連絡を取り続ける必要はない。
かつてとても大切だった友人もいる。
しかしその後、卒業、就職、引っ越し、結婚、あるいは人生の方向性の変化によって、少しずつ違う場所へと歩んでいった。
誰かが誰かを裏切ったわけではない。
何か揉め事があったわけでもない。
ただ、二人の人生が違う方向に向かい始めただけだ。
こういう関係は、無理に維持する必要はないと思う。
結局、人生とはもともと、走り続ける一台の路線バスのようなものだから。
人が乗ってくる。
人が降りていく。
それは自然なことだ。
本当に大切なのは、こういうことだ。
誰かがあなたと一緒に遠くまで歩いてくれようとした時、あなたはその人の大切さに気づけているだろうか。
そして、
自分が誰かを大切な友人だと思っている時、あなたはそれをちゃんと相手に伝えたことがあるだろうか。
私は、もっと良い「同行者」になりたい
私は今も、一人でいるのが好きだ。
今も、意味のない社交は好きではない。
今も、人に迷惑をかけるのはあまり好きではない。
こうしたことは、おそらくこれからも変わらないだろう。
しかし、こう理解し始めている。
自立していることと、つながりを拒むことは、別のことなのだ、と。
人は自立して生きることができる。
それでも、深い関係を持つこともできる。
毎日話す必要はない。
常に一緒にいる必要もない。
でも、大事な場面では、相手に手を差し伸べようとする意志が必要だ。
以前は、ずっとこう思っていた。
「私は人に迷惑をかけない、人も私に迷惑をかけないでほしい。」
今は、こう思うようになった。
「時には、誰かに迷惑をかけようとすることも、一種の信頼なのかもしれない。」
そして友人同士の本当の絆も、きっとこうして少しずつ育っていくものなのだろう。
バスは、これからも走り続ける
もし人生が本当に一台の路線バスだとしたら。
私はもう、かなり長い道のりを乗ってきたのだと思う。
その道中、多くの人が乗ってきた。
多くの人が降りていった。
数駅だけ一緒に乗ってくれた人もいる。
ずっと遠くまで一緒に乗ってくれた人もいる。
そして、これからも一緒に乗り続けてほしいと思う人たちもいる。
私はもう、すべての人が最後まで一緒にいてくれることを期待してはいない。
それは現実的ではないから。
ただ、これから先の道のりで、本当に知り合う価値のある人たちと出会えたらいいと思う。
そして、自分自身にも、こう学んでほしいと思う。
ただ誰かが乗ってくるのを待つだけではなく、
時には、自分から誰かのために席を空けておくこと。
なぜなら、私はようやく分かり始めているから。
一人なら、確かに速く進める。
でも、一人では決して辿り着けない場所がある。
そして、一緒に遠くまで歩んでくれる人こそが、人生における本当にかけがえのない同行者なのだ。