人生がゲームだとしたら。
僕がここ数年でやってきた中で、最も重要なことのひとつは——サーバーを乗り換えたことだと思っている。
これを読んで、ゲームの「鯖移転」を思い浮かべた人もいるかもしれない。
そう、まさにそういう意味だ。
僕は中国から日本へ来た。
威海から東京へ。
ゲームで例えるなら、ひとつのサーバーから別のサーバーへ移っただけのことだ。
でも後になって気づいた。このたとえは、「移民」という言葉よりずっと面白い。
なぜなら現実の世界では、誰もが様々な「サーバー」の中で生きているからだ。
国家も、サーバーだ。
都市も、サーバーだ。
業界も、サーバーだ。
会社も、サーバーだ。
コミュニティも、サーバーだ。
さらには、毎日関わる人たち、受け取る情報、生活する環境——そのすべてが、あなたがどのサーバーで動いているかを決めている。
そしてサーバーが違えば、ゲーム体験もまったく変わってくる。
ほとんどの人は、一生サーバーを変えない
周りの人をよく見てみると、わかることがある。
多くの人の人生は、実によく似た軌跡をたどる。
生まれる。
学校へ行く。
働く。
結婚する。
老いていく。
そして、この世を去る。
生まれた場所で、そのまま一生を過ごす。
地元の学校に通い。
近くの職場を探し。
身近な人と出会い。
人生が終わるまで。
彼らはほとんど真剣に考えたことがない——
今いるこのサーバーは、本当に自分に合っているのだろうか?
もちろん、それは彼らのせいではない。
「ここで十分幸せだ、離れる必要はない」と思う人もいる。
乗り換えのコストが高すぎると感じる人もいる。
親元を離れる。
友人と別れる。
慣れ親しんだすべてを手放す。
新しい言語を学ぶ。
人間関係をゼロから築く。
仕事を探し直す。
どの一歩も、大きな代償を払わなければならない。
ただ面倒だからという人もいる。
人間は本能的に、コンフォートゾーンにとどまろうとする。
慣れた環境は、やっぱり心地よい。
そして、こう信じている人たちもいる——
人は生まれた場所にいるべきだ。
そこが故郷だ。
そこに帰属がある。
去ることは、裏切りだ、と。
でも僕はだんだんそう思うようになった。
出生地とは、ゲームがランダムに生成した「初心者の村」に過ぎない。
そこに一生とどまり続けなければならない理由など、どこにもない。
生まれたサーバーは、自分で選んだものじゃない
人生がゲームだとしたら。
生まれることは、キャラクター作成に似ている。
ただ、このゲームには少し特別なルールがある。
他のゲームなら、キャラを作るときに自分でサーバーを選べる。
でも人生は、そうじゃない。
どの国に生まれるかは選べない。
親が誰かも選べない。
家庭環境も選べない。
才能も選べない。
見た目も選べない。
時代も選べない。
これらはすべて、システムがランダムに割り振った「初期設定」だ。
最初から高スペックサーバーに生まれる人もいる。
初心者サーバーから始まる人もいる。
ハードモードで始まる人もいる。
どれも、自分では選んでいない。
自分で選んでいないのだから——
選べる力を持ったとき、なぜ選び直してはいけないのだろう?
環境は、静かにあなたの人生の上限を決めている
ずっと共感してきた言葉がある。
人は、自分の認知を超えたお金を稼ぐことはできない。
そして最近、もうひとつ付け加えたくなった。
人は、環境が与えた制限を超えることも難しい。
環境は、じわじわと人の思考を形づくっていく。
もし身の回りの全員が「月収5万円で十分だ」と思っていたら、月収50万円の生活を想像すること自体、難しくなる。
もし身の回りの全員が「勉強に意味はない」と思っていたら、学び続ける人間が浮いた存在になってしまう。
もし周りの人たちが毎日、麻雀や不動産や噂話しか話していなかったら、起業やAI、投資やグローバルな話題に触れることは難しくなる。
サーバーが違えば、チャンネルが違う。
市場が違う。
クエストが違う。
装備が違う。
世界チャンネルで交わされる話題さえ、まるで違う。
多くの人は「自分の努力が足りないのだ」と思い込む。
でも本当は、サーバーが違うだけかもしれない。
僕の人生は、ずっとサーバーを乗り換え続けてきた
振り返ってみると、思い当たる節がある。
僕は山東省の農村で生まれた。
後に両親と威海へ引っ越した。
あの引っ越しがなければ、今の自分はまったく違っていただろう。
威海は、両親にとって運命を変えた移住だった。
僕にとっては、初めてのサーバー移転だった。
その後、北京へ行った。
大都市というものを、初めて肌で感じた。
そこにいる人たちの質。
仕事のスピード感。
求められるスキルのレベル。
「ゲームって、こんなふうに遊べるのか」と気づかされた。
次に、青島へ行った。
最初は「ここが自分の拠点になるかもしれない」と思っていた。
でも実際に住み始めてみると、思っていたほど自分に合ったサーバーではなかった。
だから、離れた。
多くの人は言うだろう——「これだけ投資したんだから、続けるべきだ」と。
でも僕は思う。
サーバーを選び間違えたなら、そのまま続けても時間を無駄にするだけだと。
そして——東京へ来た。
友人たちにはよく聞かれた。
「なんでわざわざ日本なの?」と。
僕の答えはいたってシンプルだ。
新しいサーバーを試してみたかった。
ただそれだけだ。
サーバーを変えることは、過去を否定することじゃない
誤解されることがある。
サーバーを変えることは、元いた場所を否定することだ、と。
そうじゃない。
威海を否定したことは一度もない。
中国を否定したことも。
両親があの頃故郷を離れて威海に来ていなければ、今の僕はいない。
北京で働いていなければ、今の認知も手に入れていなかった。
移るたびに、新しい経験を得てきた。
新しい友人ができた。
新しい視点が生まれた。
どのサーバーにも、存在する意味があった。
ただ、ずっとそこにいなければならないとは限らない。
一番高いコストは、サーバーを変えることじゃない
変化を恐れる人は多い。
乗り換えのコストが高すぎる、と。
やり直しのコストが高い。
言語学習のコストが高い。
新しい文化への適応が大変だ、と。
でも後になって気づいた。
本当に高いコストとは、サーバーが自分に合わなくなったのに気づきながら、それでも一生そこにいることだ。
なぜなら、それは毎日が昨日の繰り返しになるということだから。
昨年の繰り返し。
十年前の繰り返し。
マップは変わらない。
NPCも変わらない。
クエストも変わらない。
変わるのは、年齢だけだ。
僕の目標は、サーバーを変えることだけじゃない
多くの人は「移民することがゴールだ」と思っている。
でも僕にとっては、そうじゃない。
サーバーを変えることは、始まりに過ぎない。
本当に大切なのは——
新しいサーバーで、自分の人生を作っていくことだ。
新しい言語を学ぶ。
新しい友人を作る。
新しい仕事を築く。
新しい可能性を開く。
人生は一度きりだ。
だからこそ、新手村に一生いるより、自分の足で違うマップを歩いていきたい。
ゲームには、必ず終わりが来る
死は、ゲームオーバーのようなものだ。
これだけは、誰にも変えられない。
でも、ゲームが終わるまでの間に——
まだ選べることがたくさんある。
留まることも選べる。
出発することも選べる。
サーバーへの不満を言い続けることも選べる。
自分に合ったサーバーを探すことも選べる。
だから、もし誰かに聞かれたら——
なぜ東京へ?
なぜ移ったの?
僕の答えは、いつもシンプルだ。
人生は一度きりだから。
ゲームが終わる前に、自分で選んだサーバーで生きていたいと思ったから。
たとえ最後に、それも完璧じゃなかったとわかっても。
少なくとも、自分でちゃんと選んだ。
それだけで、十分だと思う。