私の考えでは、この世の出来事は大きく二つに分けられる。
一つは、自分で変えられること。
もう一つは、自分では変えられないこと。
変えられることとは、努力や行動によって結果を変える可能性があることだ。
それは決して簡単なことばかりではない。
むしろ本当に価値のある変化ほど、多くの時間と労力、そして忍耐を必要とする。
何度も失敗しながら、少しずつ前へ進んでいく。
それでも、努力によって結果が変わる可能性があるなら、それは「変えられること」に分類される。
一方で、変えられないことも存在する。
すでに起きてしまった過去。
自分では選べない生まれ育った環境。
自然の法則。
どれだけ願っても、どれだけ努力しても変えられないものは確かにある。
そうしたことに執着し続けるよりも、受け入れるほうが賢明だろう。
しかし私が思うに、優れた人とそうでない人の最大の違いは、能力や学歴、知識量ではない。
同じ出来事を前にしたとき、それを「変えられること」と捉えるか、「変えられないこと」と捉えるかの違いだ。
多くの人は、少し難しい問題に直面すると、すぐにこう考える。
「これは無理だ。」
「どうせ変わらない。」
そして挑戦することをやめてしまう。
しかし、優れた人は違う。
彼らはまずこう考える。
「本当に変えられないのだろうか。」
「まだ方法を見つけていないだけではないか。」
だから学び続ける。
試し続ける。
改善し続ける。
実際には、物事そのものが違うわけではない。
違うのは、その物事に対する解釈なのだ。
ある人はそれを「不可能」と分類する。
ある人はそれを「可能性がある」と分類する。
そして、その小さな違いが何年もの時間をかけて大きな差となって現れる。
私は、人は困難を過大評価し、時間の力を過小評価しがちだと思う。
ダイエットは難しい。
外国語の習得も難しい。
新しい技術を身につけることも難しい。
自分自身を変えることも難しい。
しかし、それらは本当に不可能なのだろうか。
決してそうではない。
ただ、多くの人が思っている以上に時間がかかるだけなのだ。
ところが、人は「今できないこと」を「永遠にできないこと」と勘違いしてしまう。
「難しいこと」を「不可能なこと」に分類してしまう。
なぜなら、そのほうが楽だからだ。
変えられないことだと決めてしまえば、努力しなくてもよくなる。
失敗するリスクを負わなくてもよくなる。
自分を正当化する理由が手に入る。
しかし、本当に成長し続ける人は、簡単に「不可能」という結論を出さない。
もちろん、世の中には本当に変えられないこともある。
だが、それを確信するまでは挑戦をやめない。
なぜなら、多くの「変えられない」と思われていることは、実際にはまだ方法が見つかっていないだけかもしれないからだ。
人生の差は、能力の差よりも前に、物事の捉え方の差から生まれる。
限界を見る人もいる。
可能性を見る人もいる。
困難を終点と考える人もいる。
困難を出発点と考える人もいる。
そして、その違いがやがて人生そのものを形作っていくのだ。